「ルックバック」と統合失調症の描写について
作品に差別的な意図が込められているか
「ルックバック」は統合失調症患者への差別を助長しているという批判がされている
藤本タツキ先生の「ルックバック」について、統合失調症の当事者が感じたこと - 蟹の話
統合失調症患者への差別を助長するルックバック
元増田です。 荻上チキ氏や杉田俊介氏みたいな、差別問題に取り組んでいる..
私たちは人を殺す存在ではありません。マンガ「ルックバック」に抗議します。 - Togetter
なるほど、たしかに自分も最初に読んだとき、この犯人の男は統合失調症なのではないかと思った。それは絵画から聞こえる幻聴による被害妄想というのが統合失調症を象徴する症状の1つに合致するからだ。作品を隅々読み込んでも、麻薬中毒者のような描写もないし、もとからそういう事件を繰り返していたような描写もなく、病気による突発的な犯行という考察は妥当な分析と思える。
しかし、統合失調症患者への差別を助長しているという意見には異を唱える。
まずはじめに、作者に統合失調症患者への差別する意図がないのは明らかだろう。作者が作品の意図としてそういうメッセージを込めたかったのであれば病名を伏せる意味は薄い。病名を伏せなければならない事情があったとしても、病気の人物に対ししっかりとした断罪をする構造は必要になるだろう。作中の犯人は逮捕こそされているが、その後の扱いは不明である。「ルックバック」において犯人の属性はそこまで重要な要素ではないのだ。
作者が意図せずとも差別を助長してしまっているのか
作者が意図していなくとも、差別的な感想を抱いている人がいるという指摘もある。
ルックバック - 藤本タツキ | 少年ジャンプ+
統合失調症はほぼ遺伝なので、犯人が共感不能なクリーチャーなのは極めてリアルなんだよなぁ。
2021/07/19 17:36
例えばこのようなコメントは典型的な統合失調症患者差別だろう。こういった感想を抱く人がいるのならやはり「ルックバック」は意図せずとも差別を助長してしまっているのでは思うかもしれない。しかし一方で、ほとんどの人は「ルックバック」と統合失調症を結びつけるのすらできない。
統合失調症患者への差別を助長するルックバック
自分は統合失調症という疾患についてよく知らないので、漫画の人物=統合失調症患者という認識が無いのと、統合失調症だから犯罪を起こす可能性があるという偏った発想にも至らず、これ系の意見にピンとこなかった
2021/07/20 07:36
作中には統合失調症の”と”の字も出てこないのだからこれは当たり前のことである。作中に描かれていない要素を考察し、そこからまた作中に描かれていない別の要素と結びつけるのは無理があるのだ。差別的なコメントをしている人はおそらくもとから病気への偏見がある人なのだろう。
それでも配慮はされるべきか
実際に差別にさらされ苦しんでいる人たちはいる。
もし自分の属する集団が「犯罪者予備軍」としてみられ、恐怖の対象となっていたら、どう思うだろうか?
藤本タツキ先生の「ルックバック」について、統合失調症の当事者が感じたこと - 蟹の話
私は人を殺しません。ですから、統合失調症の患者が人を殺すマンガを書かないでください。明日、私は障害者雇用の職場に出勤します。もしかしたら、あのマンガを読んだ人がいるかもしれない。人を殺す存在だと思われるかもしれない。私は恐怖です。
— 障害者雇用の働き方 (@YANA1952) 2021年7月19日
「ルックバック」は強い威力を持った作品だ。読んで感動し、突き動かされる人がいる一方で、同じ威力で突き落とされたと感じる人もでてきてしまう。感動した自分には、突き落とされた彼らの痛みはわからない。
作者に差別の意図がなくとも、すでにある偏見を膨らませてしまう程度には影響のある作品だ。ただ一方で知らない人には全くピンとこないぐらいの描写であることも確かだ。当事者たちの反応は過剰であるように思える。
統合失調症に関する描写は一部の症例だけであっても気を配らなければならないとなったら、統合失調症はアンタッチャブルな存在としてフィクションから遠ざけられるだろう。それは当事者にとって良いことなのだろうか? 現状の議論では統合失調症に対するさらなる迫害や偏見を生むような気がしてならない。